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2024/01/20

ある編集者のつぶやき #1 隆慶一郎著『柳生非情剣』

隆慶一郎の唯一の直木賞候補作で短篇集『柳生非情剣』を、移動のわずかな合間に読み終えてしまった。
ストーリーも文章も上手すぎて、悶絶するレベルだった。
 
解説でも「隆慶一郎は格が違う」と太鼓判が押されている。個人的には藤沢周平の“隠し剣”シリーズに匹敵する、剣術小説の傑作だった。
『吉原御免状』『一夢庵風流記』『影武者徳川家康』の三作の長編が隆の代名詞だが、本作も隠れた名作としてぜひおすすめしたい。



柳生宗巌が弟子に送った目録、また徳川秀忠・家光の兵法師範だった柳生宗矩が著した『兵法家伝書』を読んでいても、意味や勢法の実際が想像ができない「殺人剣」「活人剣」「逆風の太刀」といった言葉が、独自の解釈で生き生きと描かれている。
特に「逆風の太刀」はこの短篇集の6篇目、柳生宗章こと柳生五郎右衛門を描いた作品のタイトルにもなっていて印象的、個人的には一番推したい名篇だ。
 
剣術剣豪小説を100本以上書いた峰隆一郎(隆慶一郎と名が似ているのでややこしいが)が著した『剣豪はなぜ人を斬るか』には、編集者と相談した結果「逆風の太刀」は、「逆袈裟斬り」のことだろうと結論付けたと書かれている。柴田錬三郎の短篇集『邪法剣』収録の「柳生五郎右衛門」でも、同じ解釈だ。
 
しかし隆慶一郎の「逆風の太刀」の解釈はまったく違う。主人公の宗章こと五郎右衛門は、故あって伯耆国の飯山城で十八人を斬りながら凄絶な最期を遂げるのだが(ご興味のある方は調べてみてください)、この最後のシーンで披露された隆慶一郎版「逆風の太刀」は、確かに十八人を次々と斃すのにふさわしい剣術のように私には思えた。
作家の想像力は様々あってよい、という好例だろう。(#2につづく)

プロフィール

ある編集者

大学卒業後、大手出版社に勤務。
子供の頃から漫画が大好きだったが、いざ大人になると小説の編集にかかわり、多くの作品を世に送り出すことに。
ここでは思ったことを率直につぶやいてみたい。

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