2024/02/29
ある編集者のつぶやき #9 『海がきこえる』の作風はジブリ第3軸になる可能性があった
(#8から続く)
大学入学に伴って上京した最初の休みの日、真っ先に訪れたのはJR吉祥寺駅だった。『海がきこえる』は高知と東京が舞台であり、物語の重要なシーンに吉祥寺駅が出てくるからだ。
本物の吉祥寺駅というものを見てみたかった。
果たして、そこには『海がきこえる』に描かれている画そのもののホームと、今はアトレになっている「ロンロン」や「ユザワヤ」の看板が実在し、「東京ちゅうんはすごいトコやなぁ」と思ったものだ。
大学1年生時はとにかく暇だったので、近所のゲオでほぼすべてのジブリ作品をレンタルして観たのだが、すでに青年になっていた自分には、宮崎駿の作るファンタジー色の強いジブリ作品はどれもあまりピンと来なかった。高畑勲作品にはある程度のリアリティがあるので、『おもひでぽろぽろ』や『平成たぬき合戦ぽんぽこ』などは比較的好きだったのだが――。
『海がきこえる』は、『なんて素敵にジャパネスク』(集英社コバルト文庫)など大ヒット作を連発して「少女小説」というジャンルを確立していた氷室冴子が、徳間書店の「アニメージュ」に連載した作品を原作にしている。
アニメ作品は、スタジオ・ジブリの鈴木敏夫プロデューサーが若手スタッフに経験を積ませるために作らせた。
DVD版には、当時のスタッフがロケハンした高知市を再び訪れて思い出を語り合う特典映像が収録されているのだが、ジブリの若者たちが手探りで必死に作っていた様子がよく伝わってくる。
鈴木敏夫は「この作品は宮崎駿にも高畑勲にも絶対に作れない」と絶賛したという。物語としての起伏にはやや欠けるが、等身大の10代が登場し、しみじみと観られるような、いわばジブリの第3軸になる可能性があった作風なのだ。
そして、宮崎駿はこの作品に触発されて『耳をすませば』を制作したとされている。
(#10に続く)
プロフィール
ある編集者
大学卒業後、大手出版社に勤務。
子供の頃から漫画が大好きだったが、いざ大人になると小説の編集にかかわり、多くの作品を世に送り出すことに。
ここでは思ったことを率直につぶやいてみたい。
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