2024/01/01
【遊感倶楽部】映画「ポトフ 美食家と料理人」 フランス料理の奥深さと匂い立つ官能美
(c)Carole-Bethuel(c)2023 CURIOSA FILMS- GAUMONT - FRANCE 2
お節料理に食べ飽きたら、フランス料理はいかがか。和食も奥が深いが、かの国の呆れるぐらいの〝食いしん坊文化〟には、さすがと唸り、スクリーンを埋め尽くす美食の数々に、お腹がグーグー鳴ってしまうだろう。
19世紀末のフランスの片田舎にあるシャトーを舞台に〝食〟を追求し芸術の域にまで高めた美食家と、彼のメニューを完璧に再現する女性料理人の深い絆を描いた映画「ポトフ 美食家と料理人」(公開中)では、ストーリーよりもまず食事に目を奪われる。
料理人のウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)は、美食家ドダン(ブノワ・マジメル)のもとで20年間働いてきた。ドダンがひらめいたメニューをウージェニーは完璧に再現するし、彼の想像を超えたメニューも生み出す。見事なコンビネーションなのだが、ドダンのプロポーズをウージェニーは、ずっと断り続けていた。美男・美女・美食と揃えば、もう「食べる」ことそのものが官能的な行為なのだろう…と下世話に夢想してしまう。
この映画、最後にピアノのアレンジで流れるマスネの「タイスの瞑想曲」まで劇伴がない。肉がジュージュー焼ける音、厨房に吹き込む風、においにつられるように吠える犬や猫の鳴き声だけで彩りは十分なのだ。
2人が暮らす森に、美食オヤジたちが集う。ひと皿目のスープを口にしただけで、「喜びのコンソメだ!」と感嘆の声があがる。パイ詰め料理、舌平目のクリームソース、仔牛のポワレ、それぞれに合ったワインが供される。ズアホオジロの香りを逃すまいと頭からナプキンを被って鳥の骨に食らいつく光景は〝変態的グルメ〟そのものだ。
ドダンは、ある夜、ウージェニーの部屋を訪ねる。テーブルに横たわる洋梨から裸体へカメラがフォーカスする。ビノシュは50代後半にして、艶めかしいの美しさは健在で、料理のように熟成している…といったら怒られるか。また、繊細な舌をもつ16歳の聡明な少女が修業に訪れる場面も興味深い。こうして、グルメ文化は継承されてきたのだろう。
グルメ三昧のドダンと美食オヤジ4人は、ある日、ユーラシア皇太子の晩餐会に招待される。「3部構成」で8時間がかりの豪華なコースに、大満足かと思いきや、「豊かな晩餐だが、論理も方針もなく息が詰まりそうだった」と振り返るドダン。こんどはユーラシア皇太子を招いて、もっともシンプルな家庭料理「ポトフ」でもてなそうと画策する。ウージェニーに協力を仰いだ至高の一皿は…。
原作は1920年の初版以来ベストセラーを続ける小説『美食家ドダン・ブーファンの生涯と情熱』。そのモデルは、「どんなものを食べているか言ってみたまえ。君がどんな人か言い当ててみせよう」(『美味礼賛』)のブリア=サヴァランとも言われる。トラン・アン・ユン監督は本作でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞。描かれるのは、ただの贅沢ではない。山や海から命をいただく行為を今年はもっと大切にしようと思った。
執筆者プロフィール
中本裕己
1963年、東京生まれ。関西大学社会学部卒。夕刊紙編集長を経て、記者に出戻り中。ゴシップから真面目なインタビューまで、芸能取材を中心に夕刊紙記者歴36年。難しいことはわからない。引き出しもない。深みはない。でも面白いことへのアンテナは敏感。著書に『56歳で父に、45歳で母になりました-生死をさまよった出産とシニア子育て奮闘記-』。日本レコード大賞審査委員。浅草芸能大賞専門審査委員。
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