2025/11/09
ある編集者のつぶやき #45 ヒグマの咆哮が告げたもの――『地面師たち』冒頭に仕込まれた「大根仁の宣言」

©新庄耕/集英社
Netflixドラマ『地面師たち』を再生して最初に目を奪われるのは、物語の始まりに突然現れるヒグマのシーンだ。
山中、銃を構えた男が熊と対峙する。テーマが不動産詐欺であることを知っていれば、この光景はあまりに異質だ。
だがその異質さこそが、大根仁監督の狙いである。
この短い熊狩りの場面は、物語の中心人物ハリソン山中の人格を、説明抜きで観客に叩き込む装置だ。
恐怖も逡巡もない。彼は冷徹に引き金を引き、吹き出す血を見つめる。その無感情と残酷さは、以後に続く「奪う者」としての姿を暗示する。
監督はセリフではなく、行為のリアリティで人物の異常性を示した。
さらにこのシーンは、作品のトーンを一瞬で規定する。
国内ドラマでは稀な大規模VFXを駆使し、森や獣の動きを現実以上に生々しく再現した。大根監督自身が語るように「地面(背景)ごと作り替えた」映像であり、視覚的なスケール感は映画並みだ。
配信プラットフォームを前提にした映画的ドラマとしての宣言が、この冒頭に凝縮されている。
興味深いのは、この熊の映像が監督の次なる構想――三毛別羆事件の映像化――と地続きに見えることだ。
彼は近年、「熊が人を襲う話を撮りたい」と公言しており、今回のVFX表現はその技術的な実験でもある。
危険動物を実際に使わず、恐怖と迫力をどう両立させるか。その挑戦の第一歩が、『地面師たち』の冒頭で試されている。
物語的にも、熊は作品の主題を先取りしている。
自然界の「食うか食われるか」という掟が、人間社会では「土地を奪うか奪われるか」に形を変える。ヒグマの暴力と人間の知的な詐術は、同じ「捕食の構造」で結ばれているのだ。
つまり、あの熊の咆哮は単なる演出ではない。原始の暴力と現代の欲望をつなぐ比喩であり、監督が描こうとする世界観の核なのである。
たった3発の銃声で、人物の性格、作品の主題、そして監督自身の次なる野心までもを射抜いてみせた――。
『地面師たち』の冒頭は、大根仁が放った最初の“警告弾”であり、彼のフィルモグラフィーを次章へ導く宣言の一撃にほかならない。
プロフィール
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ある編集者
大学卒業後、大手出版社に勤務。
子供の頃から漫画が大好きだったが、いざ大人になると小説の編集にかかわり、多くの作品を世に送り出すことに。
ここでは思ったことを率直につぶやいてみたい。
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