2024/12/28
《藤田久美子の旅エッセー》ウィスキーの島 アイラの蒸溜所巡り その9【ラガブーリン】と、地面師・ハリソン
ラガブーリンとは、ゲール語で「水車小屋のある窪地」という意味
このシリーズで紹介しているのは、個性の強いシングル・モルトのボトルをリリースしている蒸溜所だが、スコッチウィスキーは、口当たりをマイルドにしたブレンデッド・ウィスキーとして広く世界に知られるようになった。
ブレンデッド・スコッチのブランドには、ジョニーウォーカー、カティーサーク、シーバスリーガル、オールドパー、バランタインなどが挙げられる。ラガブーリンは、英国王室御用達のブレンデッド・スコッチ・ウィスキー、ホワイトホースに原酒を提供している。
マイケル・ジャクソンという、キング・オブ・ポップと同姓同名のイギリス人のウィスキー評論家が、ラガブーリン16年の味わいを「熊の抱擁」とたとえたように、そのシングル・モルトは特徴的なテイストのウィスキーだ。
ちなみに16は、蒸溜後に樽で貯蔵していた年数。ラガブーリンは長らく16年をスタンダードとして販売していたが、原酒が不足し、その後再リリースされた10年、11年のほうが、既に市場に出回っていた16年よりも高額で取引されている。つまりは、貯蔵年数が少ないボトルのほうが、稀少価値が高いということだ。
Netflixで配信されている「地面師たち」の第5話で、豊川悦司演じるハリソン山中が、蒸溜所が閉鎖されたことで価値が上がったシングル・モルト・ウィスキー、ポートエレンを例に土地の価格を説明するシーンがある。
ハリソンが飲んでいた1972年リリースのポートエレン・1stは「当時のスコットランドで3~4千円で売られていた」が、今現在、日本では120万円程度で流通しているようだ。オークションサイトでは、もっと安く手に入れることができる場合もある。
ハリソンいわく、ポートエレンは「世界中のウイスキーマニアが1滴でも舐めたがるレアなもの」となり、ものの値段は需要と供給のバランスで決まるという一例である。
ビジターセンターのショップ。こぢんまりとしているが、ボトルのラインナップは豊富
ところで、ポートエレンもアイラ島の蒸溜所だ。
蒸溜所を閉鎖した後も、麦芽を発酵させるモルティングの工場は稼働していて、ラガブーリンやカリラは、ポートエレンのモルトを使っている。そして、人気の高まりを受け、2024年5月には蒸溜も再開された。
ポートエレンのモルティング工場
政治的な観点から視ると、アルコールは国家の収入源である。酒税や輸入関税は政府の重要な財源であり、厳しく取り締まらなければ国家の権威にかかわる。
スコットランドにとって最も重要な外貨獲得商材であるウィスキーの歴史は、税を逃れたい密造者、密輸者と政府との闘いの歴史でもある。
1707年にスコットランドがグレートブリテンの一員になり、ウィスキーの酒税はそれまでの15倍になった。税を逃れるために、アイラでもウィスキーが密造されていた。
1816年、この島で最初に合法的な蒸溜を始めたのがラガブーリンだが、1742年には同じ場所で不法に蒸溜が行われていた記録が残っているという。
ラガブーリン蒸溜所の前の海は、近付くのが難しい岩礁地帯。密造には向いている立地
藤田久美子
ライター・エディター・トランスレーター。トレンド誌、ビジネス誌の執筆、編集のほか、IT系を中心に翻訳者として活動。著書に「大事なことはみんなリクルートから教わった」(共著・ソフトバンク文庫)、「松本隆のことばの力」(集英社インターナショナル新書)など。
執筆者プロフィール
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