2024/01/27
【遊感倶楽部】映画「PERFECT DAYS」 役所広司×ヴィム・ヴェンダース 食とトイレが映し出す人間の品性
1月22日、「#ラウンジ嬢が来ない店」のハッシュタグでXにアップされた浅草地下商店街の居酒屋「福ちゃん」の写真が10万以上の再生を記録している。
居酒屋「福ちゃん」
これは、「ラウンジ嬢」とか「港区女子」とネット上で言われている女性が、南麻布の高級寿司店で大将とトラブルを起こしたことを皮肉った写真である。
現場に居合わせたわけではないので、トラブル女性と大将のどちらに非があったのか、などをここで論じるつもりはないが、少なくとも、ネット上のかなりの人々からこの女性は、「高級店に入れるというだけで、どんな振る舞いをしても許されると勘違いしている人」と認識されている。だからこそ、名物の焼きそばが庶民に支持され、飾りけのないこの「昭和の店」に、「ラウンジ嬢」はきっと来ないだろう、と揶揄されているのだ。
前フリが長くなったが、この写真の場所こそ、いまネット上のクチコミで評判が広がってロングラン上映が続いている映画「PERFECT DAYS」の〝聖地〟なのである。私も見終えてから、後日通りかかってその趣あふれる風情に惹き留められ、思わず写真に切り取ったしだいである。
この映画は、「あなたが本当にほっとできる場所はどこだろう」ということを問うているのだと思う。
スカイツリーを見上げる浅草に近い押上のアパートから毎朝、作業用ワゴンで首都高を駆け抜け、渋谷区内のスタイリッシュな公衆トイレへと向かう清掃員の平山さん(役所広司)。その日常をヴィム・ヴェンダース監督は淡々と追う。平山は、小津安二郎監督の「東京物語」で笠智衆が演じた主人公にちなむ。ヴェンダース監督はカンヌ映画祭で役所が男優賞を得たとき、「私の笠智衆がここにいる」と役所の演技を称えた。
平山さんのカーステレオから流れるカセットテープの洋楽は、ルー・リードをはじめシブイものばかり。寝床に並んだ古本も、雑草の植木鉢たちもいい。やがて単調な日々にさざ波が立つ。平山さんはなぜ無口なのか。人生に影を落としてきたものたちが、ぼんやり描かれる。深く刻まれた顔の表情は能弁だ。それでも、動じることはない。見ているこちらは、「こんな日々を送れたらいいなあ」と泣きそうになり、一日一日が愛おしい気持ちが伝わってきた。
この映画を年末に見て、余韻にひたっていた元日、能登半島地震が起きた。自然は容赦なく、われわれに試練をもたらす。被災地の1日も早い復旧・復興を願うとともに、「あたりまえの毎日」への感謝が、さらに強くなった。
被災地では、簡易トイレに列ができ、「男女のトイレの場所を離してほしい」など切実な声も報じられている。
せめてトイレでは、ほっとしたい、という願いまで奪われる状況は想像にあまりある。
映画は、渋谷区内17カ所の公共トイレを、世界的な建築家やクリエイターが改修する「THE TOKYO TOILET プロジェクト」に賛同したヴェンダース監督が撮り下ろした。意匠を凝らしたトイレのひとつひとつが、オアシスのように見えてくる。
平山さんが、細部までこだわってトイレ清掃にかける思い。食とトイレ、その生活の原点に人間らしさが最も反映される。
公式HP
執筆者プロフィール
中本裕己
1963年、東京生まれ。関西大学社会学部卒。夕刊紙編集長を経て、記者に出戻り中。ゴシップから真面目なインタビューまで、芸能取材を中心に夕刊紙記者歴36年。難しいことはわからない。引き出しもない。深みはない。でも面白いことへのアンテナは敏感。著書に『56歳で父に、45歳で母になりました-生死をさまよった出産とシニア子育て奮闘記-』。日本レコード大賞審査委員。浅草芸能大賞専門審査委員。
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