コラム

2024/01/05

【食い意地編集者 脳内日記 ~こんなことばかり考えて食っていた~】第2回 幻想の〝京風ラーメン〟

現役時代は情報誌の飲食店トレンド情報や、青年コミック誌の国民的グルメ漫画などを担当。たいした美食家じゃないけど食い意地だけは、だれにも負けない? そんな食い意地編集者が、どこにでもあるファミリーレストラン、ファストフードチェーン、コンビニフードから、スーパーの調味料棚、デリバリー弁当まで、だれもが毎日、気軽に食べている〝あれ〟を食べながら考えた、食うことに関するあれこれを、つれづれなるがまま綴ります。
ただの美味い店ガイドじゃない! これぞ持続可能なグルメ情報?

 

《第2回》幻想の〝京風ラーメン〟

 私は京都出身なので濃い味好きである。
 そう言うと、たいていの人が意外そうな顔で、
「えっ!? 京都って薄味なんじゃないの?」
と驚くが、京料理が薄いのは色だけ。
 
 だしを、しっかりきかせて濃口醤油より塩分濃度の高い薄口醤油(日本醤油協会、全国醤油醸造協議会などが設立した「しょうゆ情報センター」によると、醤油の塩分濃度は濃口が16%、薄口は18%だそうだ)で味つけした京料理の味は、けっして薄くない。
 
「京都の観光地で食べた、おばんざいは薄味だったぞ」
 そう言う人もいるが、京都では、そういうのを〝どすえ味〟と言う。「ウチは京都出身どすえ」なんて言う京都出身者はいない。それと同じことで、他県の人が思い描く〝幻想の京都料理〟を再現しているに過ぎないのだ。
 
 その典型的な例が〝京風ラーメン〟。
 〝京風ラーメン〟は、京都のラーメンとは全然違うものだ。



 1976(昭和51)年に、京都の四条河原町にあった阪急百貨店(当時。その後京都マルイを経て今は「京都河原町ガーデン」という商業施設になっている)の飲食店フロアにオープンした『京都あかさたな』というお店(その後『京都はなてまり』と店名を改称)が、薄味あっさりスープのラーメンと、あんみつなどの甘味をセットで販売して女性客をターゲットにするという新業態を開発したのが〝京風ラーメン〟の始まりである。女性でも入れるラーメン店、というのが、当時としては画期的で、これが大ヒットする。
 
 西洋フードシステム(現・西洋フード・コンパスグループ)の『京風らーめん糸ぐるま』、フジオフードシステムの『京風ラーメン東入ル』などチェーン店が続々と参入して一大ブームとなったが、あれはすべて幻想の〝京風〟。
 本当の京都ラーメンは、東京にも進出している『新福菜館』や『第一旭』、『ますたに』など、めちゃくちゃ濃い系ラーメンたちなのである。
 
 なにしろ京都発で全国を席巻した飲食チェーンといったら、『天下一品』と『餃子の王将』ですよ、あなた。京都薄味伝説が幻想に過ぎないことが、おわかりいただけるであろうか?
(ちなみに〝京風ラーメン〟は、今ではほぼ姿を消してしまい、西武百貨店池袋本店7階の『京風らーめん 甘味処 もも花』くらいしか現存していない。まさに幻のラーメンとなってしまった)。

 
京都のラーメンにも様々な流派があるが、私が一番好きなのは生(き)醤油系。
食い意地 脳内日記 和田守弘 グルメコラム
これが本物の生醤油系「京都ラーメン」
 
 有名店だと『新福菜館』が、これにあたる。まさに醤油色で、中太のストレート麺が染まりそうなくらい濃い色のスープ。何枚も入れられた薄切りのチャーシューと九条ネギが特徴だ。にんにくが、よく合う。生玉子を割り入れても旨い。
 
 学生時代、我々が熱狂したのは、北山通りの路地裏に出ていた、名前のない屋台のラーメンだった。どす黒いスープの生(き)醤油系で、味も濃いのだが、ひと口食って店主に「おっちゃん、もうちょっと濃くして」というと、チャーシューをつけこんだパットを持ってきて、四角いパットの角から丼へ、チャーシューを浸した、かえし醤油を注いでくれる。
 このとき、おまけで、パットの中に入っているチャーシューの切れ端を数枚、丼に落としてくれるのだ。子供のころから食い意地が張っていた我々は、この肉片が目当てで、充分に味は濃くても「おっちゃん、もうちょっと濃くして」と言い続けたものだった。
 
 この屋台は、その後、実店舗になったり、閉店したり、代替わりをしたりを続けていて、今は三代目に引き継がれている。先日、久しぶりに、その店へ行ったら、我々のような〝追い醤油〟をせがんでいた大昔の悪ガキ客が、まだ多いのか、カウンターの上には、喫茶店によくあるステンレスのミルクポットに、チャーシューをつけた、かえし醤油が入れたものが置いてあった。
 
食い意地 脳内日記 和田守弘 グルメコラム
テーブル上には、かえし醤油の入ったミルクポット
 
 もちろん、もう肉片のおまけはないし、味も充分に濃かったのだけど、思わず、そのかえし醤油を丼に注いでみた。懐かしい醤油色の光景が目の前に広がった。
 
 京都のラーメンは、色も味も思い出も、けっして薄くはない。

執筆者プロフィール

和田守弘

雑誌編集者。
大手出版社でグルメ漫画、情報誌のグルメガイド、飲食トレンド分析記事などを担当した食い意地編集者。
独立後、制作会社を立ち上げ、飲食店紹介記事、コラムなどの執筆をしている。

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